玄関先の言葉置き場

主にひらめき☆マンガ教室の感想用。メッセージ等はおたよりフォームへいただければ、配信でお返事します。

マンガの感想文を2000字で書いてみた(田島列島「水は海に向かって流れる」感想文)

 なんと、この8月にひら☆マンの聴講生向けの授業課題で2000字以内でマンガの感想を書く課題があるようで、ウェブサイト上にそれぞれの生徒さんの感想文が提出されている。(2023年8月12日付けのひらめき☆マンガ+のサイト上の提出で感想文がいくつも提出されている。)せっかくなのでいつもひらめき☆マンガ教室のマンガについて感想を書き残している大塚も便乗してマンガの感想をこの記事で書くことにしたのだった。

田島列島「水は海に向かって流れる」より―榊さんはいつ直達くんを好きになったのか

 今回取り上げる作品は、別冊少年マガジンで連載され2020年に連載が終了した田島列島水は海に向かって流れる」だ。

 この作品はヒロインの榊(さかき)さんは主人公の直達(なおたつ)くんに全然気持ちを伝えない人物で、読んでいると「これだけ直達くんががんばっているんだから、榊さんもなにか言ってあげてよ!!!」と私はやきもきするのだが、ただちゃんと考えてみると、そもそも「好きだ」ということをけして口では言わないヒロインの榊さんが直達くんのことを好きなことがだんだんわかってくることにこの作品の面白さがあるようにも思える。
 では榊さんが直達くんを好きになった瞬間はいったいどこだったのだろうか。
 本題に入る前に簡単にこの作品のあらすじを紹介しよう。
 このお話は、おじさんの下宿先で出会ったヒロイン榊さんを好きになった主人公直達くんが、榊さんに気に入られようと奮闘するお話だ。ただ少しこのマンガが変わっているところが、ヒロインの榊さんのお母さんと主人公の直達くんのお父さんがかつて互いに不倫をしていたことで、いろいろとこじれてしまっている点だ。そのことで榊さんは恋愛はしないと決めていて、直達くんが榊さんを好きになっても榊さんは母親に捨てられたことが邪魔をしてなかなか直達くんを振り向いてくれない。
 また、この作品を語る上で”大人”と”子供”という要素も欠かせない。このお話は、大筋としては、子供のころの気持ちにふたをしていた榊さんがそのこと自体に気がつく、という筋書きをなぞる展開になっている。
 この作品では、直達くんが子供としての大人への態度を見つけ、榊さんの親へのわだかまりを解消することができれば、二人の恋愛が成就する、というわかりやすいルールが敷かれている。榊さんのお母さんの問題へのアプローチに直達くんが成功したことがわかるとほとんど同時に、いつのまにか榊さんは直達くんのことが好きになっているのだ(#20「雑音と約束」参照)。冒頭のある地点では主人公を気にしていなかったはずのヒロインが物語の終わりでははっきり好意を持っているので、いったいどのタイミングで榊さんは直達くんのことが好きになっていたのだろう、と不思議に感じられるのである。

 

 ところで、この作品は目の描き方が特徴的だ。どのキャラクターにも基本的に目は黒目がないため、表情が少し読み取りづらいようなキャラクターの描き方になっている。とくにヒロインの榊さんの目はヒロインらしく瞳が大きく描かれている分、目がハイライトだけで表現されることが目立つ。
 この表情が読み取りづらい目の描き方は、とくに榊さんの性格を表現することに一役買っている。
 榊さんはとにかく自分の考えをはぐらかして伝える人物として描かれている。彼女がわかりやすくおどけながら、実際には重要な考えや出来事をそれとなく伝えるシーンは幾度も登場する。しかし、そのはぐらかし癖について彼女自身がどのくらい自覚があるのかは、目に焦点がないことも手助けし、読者にはなんとも判断がつかないように描かれている。
 また、とくにこれは重要なシーンでは顕著で、たとえば#2「川上からどんぶらこと悪意が」の榊さんが直達くんの拾ってきた猫をなでながら「死ななくて良かったにゃー/君は/幸せになるよ」とつぶやくシーンなどは、彼女がなにを「君」と指して言っているのかがうまくつかめない作りになっており、直達くんと榊さんの関係に関心を持たせる物語全体のうまいフリになっている。
 特にこの目の描き方が面白いのは、こういった強調のある特別なシーンでも普段の表情と同じく、黒目がない表情で描かれていることである。
 これは当然のことと思えるかもしれないが実は重要なことだ。たとえば、この作品では、普段は引きのカメラではぐらかすキャラクターが重要なシーンでアップになったとき意思を表明する、というようなカメラの寄りによる感情の高ぶりが要請されない描き方が可能になっている。
 榊さんは普段も焦点がわからないが、彼女の感情が問われる重要な場面でもその焦点(=彼女の関心の中心)がどこにあるのかわからない。そのため、読者がどこかの段階で彼女の心理的な変化があることに気がついたとき、それが具体的にどの部分のどの地点にあったのかが読み取りづらいのである。

 ここまでで賢明な方はわかったと思うが、「榊さんはいつ直達くんのことがすきになったのか」という疑問には、実はこの作品はそのことがわからないように作られているのではないか、と私は思うのだ。榊さんのハイライトだけで黒目がない目は、いつから彼女は直達くんのことを好きだったのか、という我々の疑問をうまくはぐらかし通すのである。ぜひみなさんも実際にマンガを手にとって確かめてみて欲しい。(太字以後1994字)

 

アピール:

 12日にひらめき☆マンガ+上で投稿がたくさんあるのを見て、これを読む配信を自分の配信でしたいと思い、それなら自分もなにか書かなくてはと(あまり遅れると流れをつかみ損ねると思って)急いで書きました。
 自分としてはよくかけている文章で、論旨には今のところ不満はないのですが、最後が駆け足になりすぎたように思っています。2000字の設定のおかげで文体が固まった感覚があったのですが、2000字を守るとこれだけしか内容に触れられないのかとも気づかされました。
 また、内容的に評論的になっていて、感想文という体のお題に対する回答としてはなにかはずしているような気もします。一応、評論も大きな意味で感想の中に入っているとの考えでokサインを出しました。ただ、もし今後も同じことをするならという話ですが、特に今回はマンガの”目”の描き方についてのアイデアは書きながら思いついたもので、毎回これを思いつくのは難しく、このクオリティでずっと感想を書くのはたいへんだと思っています。今回はちょっと飛び道具を使って文章を埋めてしまった感もあって、文章の慣れなさから少し逃げてしまった感じがしているのが正直なところです。
 今回とりあげた「水は海に向かって流れる」は以前から気になっていたマンガで、今回の記事は、このマンガについて面白い切り口をみつけられないか、という関心で考え始めて書きました。なぜこの榊さんはこれだけなにかを避ける人物なんだろう、とか、どうしてこういう人物が描かれる必要があったんだろう、という疑問に少し近づけたようでうれしく思っています。